この前SMバーに行った。
M男たちがいじめられていて非常に和気藹々と楽しそうな空気感だった。
SMバーはちゃんと女王様がいて、昔ながらの古き良きSMをやっているところが多いように感じる。
伝統を重んじている感じ。
そもそも女王様って技術職の職人さんみたいなものだから、だれかに教わったりする。
教わるわけだからそこには圧倒的な上下関係が生まれるわけで、その構造をトラディショナルな雰囲気として感じるのだろう。
最近、女王様が少ない。
上下関係とかを嫌う現代社会と、女王様が育つ文化というのが相まみれないのだろう。
非常に悲しい事だ。
その割には、世の中の男性は非常にM気質な人が増えてきているように感じる。
女王様はニーズはあるけど、人数が少なく競争が減っているのでサービスの質が低下し、それがSM文化の衰退につながってしまっているのだろう。
うちみたいな店も、そういう意味では、まぁよくないのだ。
性癖を細分化したり、曖昧に表現する事によって、古き良きSMクラブのお客様に本来なっていたであろう人がどんどん流れてしまっている。
時代の流れだから、これはどうしようもないのだけど、切ない。
純粋なSMのニーズが圧倒的に減ってしまった。
純粋なSMってなんぞやという話なのだが、しいていえば、僕の中のイメージとしてあるのは美しいものという部分だ。
美しいSMの需要と供給のバランスが崩れてしまっている。
美しいSM畑の人は泥臭いエロ感がない。美しすぎる。女性的すぎるとでもいうのだろうか。
逆に泥臭いエロ畑は値段も安いし清潔感がなさすぎる。
本来この2つが混ざり合う事によるコントラストがSMの良さ、特別なものであったはずなのに、別なものになってしまった。
別なものになってしまって、分散した割を食うのは、金銭的にもうからなくなった女王様側だ。
男なんてそもそも泥臭い。泥臭いだれでも気軽にノックできるそっちはお金が動いている。
美しいSMはお金にならない。
お金になる美しいSMクラブというのを誰かがやらないといけないんだろうなと思っている。
わかる人だけわかればいいって文化は廃れてしまうから。
SMが廃れるのは非常に悲しい。
コメントを残す